館長コラム◆◆  

日本伝統文化、伝承者としての責務

 
 講習会終了後、様々な稽古記録帳が私の手元に届く。パスポートサイズの記録帳で講習会参加のサインを私に求めるためである。OO連盟有段者証、OO協会会員証など様々な名称で、ある国の講習会では20種類を超える数になったときもあった。そういった中でもひときわ威厳を誇るのは合気会国際有段者証であろう。
 先に「贋金作りはどちらか?」で合気会合気道本部国際部某氏の意見として紹介した「合気道は道主が独占的権限と責任を持ち、その中心に位置するユニークな仕組みを持つ日本の伝統的文化である事を理解していただきたい。公式に段位/級の認定を行うのは道主の独占的権限である。他の団体(合気会以外の団体)、又は或る者(道主以外の者)が合気道の段位/級を授与する事は違反行為であり、道主の権限を否定する事であり、これは一国の通貨を偽造している事となんら変わりがない(以下略)」にある通り合気会国際有段者証は合気会合気道関係者にとっては絶対のお墨付きであるが、この合気会発行の有段者証の源をたどると有段者証の価値も半減してしまう。
 
 確か1976年頃、当時アメリカ東部在住の合気会本部派遣指導者達が会員証や有段者証の必要性を盛んに話し合っていたのを私は記憶している。発行に至る決断は合気会本部にあったとしても其処に至る経過に米国合気会合気道の日本人指導者が大きな影響を与えたものと思う。
 当時米国は三つの地区に別けられ、れぞれの地区を数人の合気会日本人派遣指導者が担当していた。いわば「縄張り」である。有段者証には明確にその所属、段位、担当師範が記入され一件威厳あるものに整っていた。しかし有段者証でもっとも大切なページは講習会参加記録にあった。本来の目的は後発の米国人合気会合気道指導者そして富木流や養神館などの主催する講習会主催者、参加者を炙り出すための物であった。派閥や合気道の分派、分裂などの事情の知らない合気会門下生が他の講習会参加後、有段者証に参加のサインを求めようとした時に「出来ない」と拒否されたり、サインを貰っても担当師範が何らかの機会に見つけ「これは当会とは無関係」と告げられたりする事によって門下生自体が昇段要綱に各当しない講習会には出ても無駄、と言う事を知らしめるためが最大の目的であった。もちろん発行は新たな収入源としても貴重であった事は云うまでも無いが皮肉にも70年後半、当時の合気会派遣指導者は藤平光一氏率いた気の研究会の独立を筆頭にさらにいくつもの団体に別れ「自己の首を絞める」結果となり、「しからば我々も」と各団体、流派、各道場で発行される事となり、一人で数種類の手帳を所持している者も現在では珍しくは無い。



そんな曰くのある一冊の記録帳であるが、ここ数年合気会国際有段者証を悪用し詐欺まがいの行為をしている海外合気会合気道現地指導者を確認している。
 まず初段までは正式に合気会本部を通し合気会国際有段者証の発行を受け、二段以上は偽の合気会印を作り印を入れているのである。とくにブラジルを中心とした南アメリカ、東南アジアのある指導者が関与する中東イスラム国、バルト三国に至っては日本の合気会本部関係者に縁を持つ人物によって行われている。米国も例外ではなく、高名なある米国人指導者のサインと偽合気会印が押されていたが所持人は一切気がついておらず充分な事情を聞くことが出来た。これらの例に共通するのは、現地指導者から誘われ本部推薦申請費用や寄付として多額の金額を支払っている事で、推薦料と寄付金は全額現地指導者の懐に入るわけである。5段を貰ったある人物は7千ドルの金を支払っていた。3段から4段への昇段が僅か一年で4千ドルと言う例もあった。これは明らかに合気会国際有段者証を悪用した不正である。
 それとは別に額に入れて誇らしげに掲げてある合気会本部発行の免状が贋作である事を幾度も発見している。合気会国際有段者証に昇段の印が押されたら昇段の免状も発行されていると考えて当然で、こちらの方は自宅に飾ってあるため確認は難しいが幾つかの国では手元にとって確認している。以前は大きな透かしが入っていないので偽物は直ぐわかったが最近は透かしまで入っている。何しろ名前以外はすべて日本語表記の免状で、かろうじて真贋をチェックできるのは登録番号と印のみであるが読み取れる者は少ない。偽免状は数種類あるようで私が確認できた一種はフィリピンのマニラの印刷屋で作られており、依頼者は米国人の合気会合気道高段者である。
 しかしこういった行為がはびこる陰には受け取る者自身がそれを承知で受け取っている事が多く、まさに暗黙の需要と供給がまかり通っていると云える。また情報手段の少ない国々では本人も知らずにいる事も多いと思われる。
 合気会本部国際部某氏が声を大にして叫ぶような「贋金造り」が実は「合気会合気道内部の病魔」として存在しているわけである。合気会合気道の高段者として推薦昇段できる地位を確保しロイヤルを装っていながら片手では合気会の偽昇段、偽免状を発行する行為は犯罪ではないだろうか。
 私はある国で発行されている武道雑誌の中でその国の合気道連盟の会長が「これまで我々は合気会本部を儲けさせて来た。これからは我々が儲ける番だ」などと痛烈な意見を述べているのを読んだ。この人物のように「ビジネスはそんなもの、なにが悪いんだ。自分が投資した金を回収しているだけ」本音を漏らす指導者は結構存在する。
 このような者に対して対処できないのは単なる怠慢ではなく、対処する事自体現在の合気会合気道の負をさらけ出す事になり「今更動けない」というのが現状なのではないだろうか。

 各国の合気道連盟や少し大きな組織を持った道場の会員証や有段者証の記録を見ると、合気会の認可団体としての道場や組織でありながら独自の段位を発行している例は世界中いくらでも存在する事がわかる。つまり合気会本部国際部某氏の叫びは合気会内部そのものの実態を暴露した事になる。
 海外の合気会組織で実際に起きている例であるが、門下生は所属道場で初段を取りその上で連盟の初段審査を受ける事が出来、それが出来てやっと合気会本部の初段を申請できるという日本国内では考えられない事がごく普通に行われている。それまでに至る金銭的支出は莫大であり合気会段位に届く事なくローカル組織発行の合気会段位で足踏みしている者も多い。ローカル組織発行の段位は初段から八段まで確認している。これでは費やした金は取り戻そうと考えても無理はない。
 こう云った陰には金銭的に裕福な者が、目に余る低い技術力でありながら合気会合気道高段位となり、その資産力のみで道場を開くという事が起きる。EUのある国では一つの都市に30余りの合気会を名乗る個別道場が乱立している。
 そういった道場の内容を見ると乱立の糸口が見える。1合気会合気道審査推薦権のある日本人高段者の「指導講習会」名目の観光旅行、2日本に訪問した外国人が地方の道場で稽古、「お土産段」を取得した後に自国で道場を開き担当師範を招待する、3JAICA指導者が日本の担当師範を招待する、4合気会本部師範当時の師弟関係をもとに退職後の独自海外指導。これらの訪問者が独自に講習会を開き審査をしたり、推薦申請を安易に受け取る事が大きな原因となっている。
 世界中に派遣される合気会本部からの指導者たちがこういった問題を承知していないとは考えられない。内部組織の腐敗事実に目をつぶり、あたかも海外での問題は合気会合気道以外の合気道団体や指導者である如き表現は滑稽でもある。「贋金造り」の根源体質は合気会合気道本部そのものにある。

 私は以前ある国の合気会合気道団体で昇段審査を行っているのを見学したときがある。連盟昇段審査と銘打って数百人が一堂に会しての盛大なものであった。
審査の内容は歩き方、礼の仕方に始まり座り技から多人数、武器技まで、審査員から連呼される100余りの技を30分間休みなく行わなければならない厳しいもので、その高度な内容は合気会の昇段要綱は昇級要綱程度にしか見えないほど素晴らしいものであった。しかしこれは上部団体である合気会本部とは無関係の審査である。その日のうちに200人近くのOO国合気会合気道連盟の昇段者が生まれ、OO国合気会合気道連盟発行の合気会合気道免状、有段者証を受け取るわけである。多くの昇段者はそのレベルで合気道有段者として留まり、ときには連盟合気会合気道五段、合気会本部初段などと云うケースもみられる。いわば同じ学校の同じ生徒が本校で一年生、分校で五年生という可笑しな事が起きている。
 またある国では合気会傘下の指導者が自己の支部道場組織内での昇段審査を行い、免状や有段者証を発行。その審査を受けなければ国公認の合気道連盟などの審査を受けさせないと云うものまである。名目上は自由に連盟の審査を受けれる事にはなっているが同時にそれは現在の指導者から別れなければならない事を意味している。指導者と別れ、有段者となり結局は「俄か先生」となって看板を揚げる事にもつながっている。
 さてOO国合気会合気道連盟で行われる合気会本部規準の審査であるが、これもある国で実際に起きている例として記す。各国公認の合気道連盟は体育省や教育省などに登録されるわけだが柔道や中国武道などの他武道に依り付いて登録されている例が多い。また合気道は柔道の道場を借りて始まった経緯があり柔道団体傘下にある例が多い。試合の存在しない合気道は国威発揚の活動が無いためスポンサーもつかずに肩身の狭い「その他」の状態に置かれていると云える。
 すべての団体が同じではないが、こういった組織による審査は合気道とはまったく関わりの無い他武道出身者や資金力で高段位を取得したコメッティ(役員、顧問)なる人物達を中心に行われている。その際テーブルの下で動く金は大きな魅力である。合気会本部の推薦初段取得のために4000ドルを使った者さえいる。
 この魅力に甘んずる人物にとっては一度コメッティになったら去りがたい立場である。地位継続のために様々な行為が行われる。日本から講習会などで派遣された指導者に対する接待攻勢、規定講習料とは別の現金授与などその一例である。 
 自身は小さな借家道場、生徒も少なくしかも稽古もろくにしていないのに「合気会OO役員」とか「国際合気道連盟OO役員」を名乗り合気会合気道に関わるコメッティであることを吹聴、闊歩しその旨みにすがり付いている人物も少なくない。
 そして問題なのは日本人指導者の行為である。威厳有る日本伝統文化合気会合気道を自認する日本人指導者として公正公明な段位審査や推薦申請を受理すべきときに申請者側の接待漬けを甘受する体質は、最近の相撲疑惑で言われた「相撲界の常識は社会の非常識」と同様であるとは気がつかないのであろうか。


 これまで述べた事は私自身から求め得た情報ではない。訪れた国々で告げられる苦情や悩みである。独立道場の指導者としての私に心を開いてくれる合気道家は多い、話を聞き、その後注意深く事実を確認して今こうして発言している。
 最近メールの量が多くなった。合気会内部からのメールすらある。しかし私の真意は暴く事ではない。今世界で起きている事実から将来の警鐘を鳴らしているのである。

 いまや世界の合気会合気道段位は様々なレベルの段位が存在しそれぞれの地位を持ち勝手に動き出している。笑い話であるが私ですら他国の講習会に指導に行って7段8段とポスターに書かれる始末。抗議に対して「先生はインデペンド指導者だし、これは我が連盟の判断でーー」とかわされる有様。なぜこれほどまでに段位の価値が地に落ちてしまったのか。それはやはり先の「贋金作りはどちらか?」でのべた合気会幹部役員、高段指導者のモラルの低下、拝金主義、絶対服従の血統主義、そして何よりも威厳ばかりを盾として実際はまったく無力な国際対応が原因と思う。
 
 ところでなぜ合気会でもない部外者の私がこれほど合気会に対して発言をするのかである。純粋に稽古を重ねている日本の合気道家にとっては寝耳に水の如き話であり、すでに事態を承知している合気会役員幹部にとっては「今さら」の話でもあろう。
 合気会合気道国際部某氏は「(合気会)合気道は日本伝統文化」と叫んだ。しかし伝統文化とはいつ頃からの事を「伝統」と言うのであろうか。突然植芝盛平が合気道を完成させたわけではあるまい。合気会の解説書にも「幾多の武道を習得しーー」などと明記されている。日本は皇紀2666年の年月を持つ。僅か合気会合気道一つ掲げて「日本伝統文化」というには少々早すぎる気がする。  
 真に日本伝統文化を世界に発信し日本国や日本人、文化習慣を紹介、浸透させるにあたり誤った行動を黙認する事は日本国、日本人感そのものに大きな差異を生じ、現にこの稿で述べたとおり日本人のモラル感に関わる影響が出ている。
 日本武道はもっとも世界に浸透し影響力のある日本伝統文化である。その末端にあるのが合気道である。長い間築き上げた海外の日本伝統文化を合気道をもって崩す事は許されない。私は合気道家である前に日本人武道家であり日本のために発言しているだけである。

 合気道界の最大組織、合気会合気道が合気道は日本伝統文化と自認するならそれだけの責任と義務を果たさなければならないと思う。そのためには馴れ合いから脱却し、外部からの発言、指摘も受け入れ正しい情報を共有し、その上で「日本伝統文化」の伝承者としての自覚と誇りを持って戴きたいと考えている。
 最近、多くの海外パイオニア日本人合気道高段指導者が去っていく。これからは世界の合気道界の舵取りも益々難しくなる事であろう。世界の合気道はまだまだ発展するであろうがそれが合気会帝国に発展するとは限らない。世界には尊敬すべき人格の合気道家も多い。そういった指導者をこれから開祖植芝の合気道に定着させ、日本伝統文化伝承の筆頭団体を維持するには大きな改革の努力が必要と思う。
 
  「決断力や指導力が無くただ白い歯を出して笑っているか、口を結んで反り返っている曖昧でいい加減な日本人」「外国人には平身低頭で金と持て成し次第で如何様にもなる日本人」こう云った足元を見られた上でのネガティブな日本感の構築は決して日本国、日本人にとってもプラスとならない。まずは日本人武道指導者が襟を正し、武道界から率先して範を示す努力をしなければならない。とくに合気会合気道が「日本伝統文化」を自認するならその責任と努めは重大であると考える。

日本館総本部
                    館長 本間 学
                         平成22年7月31日記
      

 

 


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