館長コラム◆◆  

合気道 天と地
 


「道場は大切な集会所である。道の場である」
本間館長、マラウイの道場に集まった人々


 2月の中旬から32日間、アジア方面の定期訪問をしました。モンゴル、フィリピン、ネパール、バングラデッシュ、インドの5カ国、今回もさまざまな人々との出会い、体験をすることが出来ました。今回はじめての訪問となったのはフィリピンのミンダナオ島、その体験談を中心に報告したいと思います。
 
 まずは前菜として訪問国の一つでの話し。その方は王族で奥様も隣国の王族から嫁いだ方です。お子様が2人。このご家族が合気道にはまり込み日本で一ヶ月間稽古をすることになりました。合気会本部が東京の新宿。京王プラザホテルに滞在するわけですが、その内容が凄いのです。夫婦のための部屋、子供のための部屋、そして同行したメードの部屋の三室すべてがスイート、一泊一室30万円あまり、食べるでしょうし飲むでしょうし、外にも出るでしょうからこの滞在、一日100万円は掛かる勘定です。やがてご両親も呼び寄せたのでさらに一室分増。デスカウントなど有ったとしても3000万円は一ヶ月の合気道修行に費やした事になります。もちろん合気道修行だけではなく観光や買い物を楽しまれたことでしょうが、合気道にこれほどの値段をつけて修行出来ることを羨ましく思うべきか、それは読者に任せるとして、この家族の通訳やガイドをされた方が云うには今年もまた訪日するとか。王族というのはそれ程の「拵え」が必要なのかもしれません。いずれ庶民にはズート遠くに存在する合気道愛好家といえます。もちろんその方は現地の合気道発展に大きな貢献をされている事は云うまでもありません。
 
 
 フィリピンのマニラから約1時間半、ミンドナオ島の北にカガヤン デオロ市があります。現地ではCDOと呼ばれる人口50万人余りの都市です。
 さらにCDOから海岸沿い南西にドライブすること3時間、イリガンの町があります。このエリアはイスラム教の方々が多く生活しています。歴史的にさまざまな事情がありこのエリアのイスラム教徒はフィリピン全土から見たら大変苦しい立場におかれています。そのためか分離独立運動として新人民軍やモロ イスラム解放戦線などの反政府グループが活動する地域で、東南アジアのテロ組織アブサヤフやジェマイスラミアなどが拠点を置き激しい戦闘も幾度となく繰り広げられました。現在は停戦状態にあるとはいえ一触即発の状態であるのだそうです。「のだそうです」と他人ごとに云えるのも、ゆったりと生活する人々は明るく友好的で、海や山も美しく、いきなり訪れた私にはとてもそういった状況にあるとは感じることが出来なかったからです。


生活を知るには庶民の市場が一番と本間館長



のんびりしたイリガンの町

野菜売りの女性たち

イリガンの町で合気道を稽古しているという女性がCDOの飛行場まで迎えに来てくれていました。名前はアバ.ヤンチャさん、中国の何とかという武道の使い手で、フィリピンの全国大会でも高い成績を収めている方である事が見せてくれたアルバムから分かりました。
 合気道に大変興味を持っており本などで独学しているようでしたが失礼ながら「合気道モドキ」程度のものでした。なぜ彼女が合気道に興味を持ったかというと、彼女のこれまでの武道の経験と比較し「争わず、殴らず、蹴らず」の合気道は「平和の武道」と映ったからの様です。同じ国の人々が争い会うなかで合気道の中に光を見つけたというのです。熱心なキリスト教徒の彼女は自宅に大きなマリア像を置き、数人の少女、そして近在の若い武道家たちの面倒を見ていました。

 私の訪問が彼女にとって本当にうれしかったと見えて行く先々で「合気道ガク本間」と紹介して歩きまくり、市場の魚屋、肉屋、とにかく誰彼と紹介してくれこれで襷と白い手袋をしたら選挙立候補者のような有様。これがステーブン何がしと云う映画スターなら知っている人もいるでしょうが、合気道も分からない八百屋のおばちゃんに紹介したってどうにもなるまいと困っていましたが皆なぜか気さくに手を振ってくれるのには戸惑ってしまいました。


アリアさん宅の道場にて本間館長

礼儀正しいお嬢様門下生たち

 さて稽古ですと云われて向かったところが高級住宅街の3階建ての豪華な家。
アバさんの道場は家賃が高くて維持が出来なくなったために日頃面倒を見てくれる知人女性の家で稽古しているのだそうです。庭番の青年が鉄門を重そうに開けてくれ玄関までやや歩いて靴を脱いで中に入るとホテルのロビー並。中年の美人が優雅に現れ武道家の私といえどもドッキン。この地区の州知事の娘さんでアリアさんでした。
 裏庭か地下かと思っていた道場は3階の多目的ホール、亡くなったご主人が宴会や会合用に作ったのだそうです。そこには俗に言う「良いとこのお嬢さま」たちが集まっていました。アリアさんのお嬢さんもその一人です。すでにだいぶ合気道?は稽古しているらしく、礼儀正しく動きも決まっていました。殴ったり蹴ったりしない穏やかな動きは女性のたしなみとして最高とアリアさんは考えて自宅を提供しています。このお嬢さまたち日本語も興味あるらしく、日本のアニメで覚えた可愛い言葉を連発していました。稽古が終わるとケーキと飲み物、やがてそれぞれ迎えの車が来て家路に。道場と云うよりホームサークルという感じでこのあたりでは中々の生活です。


 翌日、CDOでの講習会指導に備えて戻る予定を変更し、イリガンの町からタクシーで45分余り山中に入ったマラウイの町へ行く事になりました。ところでマラウイ行きの話をする前に私がなぜこの地区に来たか説明しなくてはなりません。
詳しくは別のコラム「武士の使命は家に帰る事。米軍フィリピン軍合同医療支援作戦に同行して」に書いていますが、日本館のAHAN活動の一つとしてフィリピン陸軍と米軍合同の医療支援作戦の視察にやって来たのです。2ヵ所の奥地の部落を完全武装の100人を超す軍人たちと行動を共にしていたのです。道場巡りは真っ黒に日に焼けて鼻の皮が剥け出した頃のことです。


稽古に集まった地域の若者たち、地域長老も

 アバさんの生徒でありマラウイ在住のサイダミン君がその町で生まれ育ち、忌まわしい内戦も体験し、いまは自宅で子供たちや青年たちに武道を指導していると知りどうしても行きたくなったのです。マラウイ行きは多くの人々に反対されました。「危険」「誘拐される」と忠告してくれたのですがアバさんが周囲の方たちに「そういった偏見(マラウイの人々に対して)を持つからいけないのよ、私は毎週指導に行っているし、村の青年リーダーであるサイダミンの大切なゲストとして出かけるのに本間先生に何か起こるわけがないでしょう」と周囲の人を一喝。イリガンの町での彼女は女性武道家としてかなりの知名人であり、指導力も持っていました。
 マラウイはミンドナオでもイスラム教の貧しい方たちが住み、治安も不安定というのが一般的評価のようでした。イリガンの町のタクシー運転手は誰もがマラウイ行きを引き受けてはくれませんでしたがある地域にのみマラウイに行くタクシーがあるというのでそこで乗り換えることにしました。車から降りたサイダミン君とアバさんが別の運転手となにやら交渉を終え車を乗り換えて出発。何か複雑な事情が潜在しているようでしたがあえて私は尋ねることは止め彼らの手の平に載っている事にしました。郷に入らば郷に従え、この言葉を頭の中で唱えていました。
 いくつかの集落を抜けマラウイにあるサイダミン君の道場に到着。それは斜面にへばり付くように建っているサイダミン君の小さな家の軒先にある4坪ほどのコンクリートのフロアーでした。もう長い間裸足で使っているためか黒ずんで光っていました。


興味いっぱいの子供たち

稽古風景

 私はこれまで世界各地の前線道場、つまり開発途上国でも貧しいエリアの道場を積極的に回ってきました。和紙に落とした墨が白い紙に染み渡っていくように、その一番先端のあたり、まだ合気道とも空手とも中国の武道ともいえない複雑な武道が存在するあたりを私は武道前線と位置付けています。たとえれば日本人が文明開化の頃、着物はかま姿に革靴を履きシルクハットに蝙蝠傘、アメリカで云うならカクテルドレスに着物の羽織を引っ掛け和ぞうりを履き、髪を留めるのに箸を指す、そんな感じの合気道?が存在するあたりです。


サイダミン君の家族、中央後ろサイダミン君左アバさん


 凸凹のレンガ広場の上で派手に受身を取って稽古に励んでいたバングラデッシュの武道家たち、木の皮をクッションに麻フクロを縫い合わせた布を張ってその上で稽古していたベトナムの田舎の道場、昼は大学、夜は仕事のため早朝ろうそくの明かりで稽古するネパールの武道家たち、稽古場所が定まらず、水の抜けたプールの中や野外コートのコンクリートの上で畳みなしの稽古を続けたニカラグアのスーザン先生門下、ドアノブに素手で触れたら凍りつく氷点下の道場での稽古を続けたモンゴルの合気道門下生、そのほか数え切れないほどの前線武道家たちが必死に武道の火種をともし続けているのを私はこの体を運びそしてこの目で見てきました。
 何しろそういったあたりは指導書やビデオの入手は困難、指導者も来るわけではなく、武道の情報は庶民の娯楽である映画が中心となり合気道もそうやって染込んでいます。当然のようにあのポニーテールのハリウッドスターが悪人を容赦なく痛めつけ、小手返しでバーカウンター越しや窓の外に豪快に投げ飛ばし、殴る蹴るの大奮闘シーンをまともに受けとっている純粋な武道家が結構いるのです。
 ですから「どーれ」といってチャレンジされる事も常に頭に入れておかなければならない「キケン」な場所でもあるのです。最近前線道場で良く見かけるこの映画スターのポスター、ご丁寧に指導を受けたという合気会本部国際合気道連盟の幹部師範とのツーショットとなっており、あたかもこの暴力映画が合気道そのものであるイメージを与えているのですから合気会にとっては決して良いイメージにはならない行為と思います。もっともこの師範自らも海外の講習会で自分がこの映画スターの指導者であることを明記したツーショット広告をしているあたりから見れば承諾の上での行為なのでしょう。一枚の写真が現在のハイテク社会において意外な弊害を生じている事を把握できない人物に果たして国際合気道の舵取りが出来ているのか首を傾げてしまいます。一度こういった前線道場でオープントーナメントでも開いて現地の武道家たちを投げ飛ばしてみていただきたいものです。


指導する館長

 
 サイダミン君の道場に人が集まり始めました。最初は子供たちでしたがやがて青年たち、そして地域のリーダー格の長老が稽古着を付けてやって来ました。
 指導するにも狭い場所、蒸し暑く袴を着けまいと考えましたが、せめて映画に出てくる人物と同じ格好を「生」で見せてやりたくて着けたのですが、流れ出る汗で袴がガバガバになってしまいました。狭いため受身など取れるわけもなく、立ち技の「手ほどき」「立ち固め」程度がやっとの有様。それでも肩をぶつけ合いながら熱心に稽古をしました。
 サイダミン君の道場は村の若者たちの集会場でもあり、若者たちが語り合い、情報を交換し、そして湧き出る体力の燃焼場所でもあるわけです。たいして娯楽のない環境にあって地域のリーダーの元に集う事は過去の日本の田舎でも普通にあった事で私はとても懐かしく思いました。
 こういった地域への訪問は彼らにとっても私にとっても大変貴重な交流の場となり、人種も宗教も、国家すら関係ない理解と信頼を築き上げてくれると私は信じています。サイダミン君のこの地域におけるリーダーシップは合気道というフィルターを通して益々発揮されることでしょう。彼らの活躍に期待すると同時に出来る限りの応援したいと思いました。


地域長老と館長、と地域の人たち

無邪気に手を振ってくれた子供たち

 道場を去るとき、多くの人々が車を取り囲み別れを惜しんでくれました。数人の子供が走って追って来ていました。このエリアが世界に注目される紛争の火種を抱えている事など私にはまったく感じられない、純朴で心優しいマラウイの人々でした。この小さなイスラムの村の方々の事は一生忘れる事はないでしょう。
 
 サイダミン君、そして世界の前線道場で合気道を求めている仲間たち、私は40年も前に日本で「ここに合気道開祖の植芝翁がきて稽古したのですよ」という場所を見て驚いたときがあります。そこは農家の納屋で10畳程度の土間があり馬小屋から馬が顔を出したらぶつかる様なその場所にカマスを敷いて10人余りの青年を集めて稽古したと云う事でした。その場所から現在の秋田県支部という大きな合気道団体が生まれたのです。現在でこそ土地開発でにぎやかな地域になったものの、私の子供の頃は市内からも離れた村落に過ぎない場所に出かけていった(出かけて行かなければならなかった?)開祖の心境が何であったのかは知る由もありませんが、合気道が必ずしも貴方たちから見たら「御殿」のような道場から始まったわけでない事は理解してほしいのです。

左、アリアさんの家のダイニング、右、サイダミン君の家のダイニング
生活レベルが異なるように、合気道に求めるものも当然異なる。

 私は今回の旅でも「王様と庶民」の合気道家と交流を持つことが出来ました。どちらの合気道家がどうのというものではありませんが、政争や宗教間対立などがあって経済の安定もままならない地域の庶民たちが、必死になって合気道に何かを求めようとする姿に私個人は感じ入るものが多くあります。
 天地の間にある合気道、私たちはともすると爪先立って天を求める事に人生の価値観を持ってしまいがちです。そんな誘惑の中で大地に足を踏まえ今何事が足下で起きているかを自ら感じ取ったときに「何の為の武道修行か」の真髄がわかってくるようなす気がすると私は考えています。単に「格闘技」ではない「武道」の神髄がそこに有るような気がするのです。
 CDOのミンダナオ合気道普及センター(ALEXANDER Y JAVIER先生)での
稽古を終え別れのときが来ました。案内、そして門人として付きりで世話をしてくれたアバさん、サイダミン君、ベニー君の目が輝いていました。背中に涙を感じ、振り向くことが出来たのは人込みにまぎれてからでした。
 アバさん、サイダミン君、ベニー君これからも地域のリーダーとして老人を大切にし、子供たちの手本となるよう頑張ってください。今の苦しさ辛さは必ず将来の発展に結びつきます。イリガンの皆さんマラウイの皆さん、会えて本当に良かったと思います。有難うございました。

 最後にこの報告を読まれた合気道家にお願いがあります。合気道書を多くの国々で必要としています。合気会、養神館、などの古本で結構です。日本語、英語かまいませんが写真の多用したものが必要です。
 寄付下さった古本は主に経済的困窮から組織にも属すことが出来ず、指導者すら振り向かない「清貧にして炎ある」前線合気道家たちに貴方からのメッセージをそえて贈られます。

送り先は、
 日本館総本部
 1365OSAGE ST、DENVER COLORADO 
 80204

日本からの方は、info@nippon-kan.orgにBOOK Donationと明記してご連絡下さい。
送り先をご連絡申し上げます。


     平成19年3月20日記
日本館総本部
館長 本間 学 記

補記:
 日本館AHAN総本部ではイリガン、マラウイの若き武道家たちに50畳相当のジムマットを寄贈しました。


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