館長コラム◆◆  

■冷酒と恩師の教えは

「冷酒と親爺の小言は後で効く」という言葉を聞きます。私の場合は「冷酒と恩師の教えは後で効く」となります。
 
そんな恩師のお一人、丸山修道先生。先生の事は以前この英文コラム「沈黙のパイオニア」で書いておりますので、先ずはそちらを開いていただければ幸いです。

 さてこの修道先生いわく、「今回も不肖の弟子(著者)の生存確認と骨董品屋巡りの為」私の道場を訪問してくれました。
実は修道先生「もう置くところが無く、重くて床も落ちてきたので新しいマンションを借りた」と言うほどの、骨董品収集家なのです。その収集品の嗜好は広く、日本刀、絵画、ゴルフクラブ、陶器、人形、などなど。「ゴルフクラブは500本くらい、刀もそのくらいかな」とサラリと言います。
 特に刀剣に関しては専門家であり、1978年前後には米国東部を中心に刀剣を集められていました。私も修道先生宅に寄宿中のその頃ご一緒したのですが、週末の朝3時頃にガンショーや骨董品市に向かわれ、開幕をゲートで待つほどの熱心さでした。ハイウエーを同じ方向に走っている車を見ては「急がねば、皆が会場に行く」と冗談ともいえない真剣な表情で運転していたものです。
 その頃のガンショーなどでは、まだ日本刀は鞘の装飾の奇麗な傷のない、見た目の良い?「日本刀」だけがテーブルに上げられ、その他のガラクタはアフリカ、中国などの錆びて赤くなった槍や刃物類とイッパ一絡げでドラム缶の中に立てられていたり、テーブルの下にロープでくくられて置かれていました。当時日本刀とは刀身よりも外見が良ければ「売れる品物」であった様です。なるほど飾るのですから、中身よりは外側が重要になるのでしょう。
修道先生、もっぱらドラムの中や、テ−ブルの下を覗いては、金がない金がないといいながら片っ端から買い求めていました。

修道先生の刀剣収集はあくまでも拵えの中身、つまり刀身に重点を置き、それを飾る古道具類には余り興味を示されませんでした。暇さえあれば拵えを全て取り去った刀身のみを布でいたわる様に手にとっては、刀身に吸い込まれる様にジーと見つめる姿は恐怖でもありました。剥き身の刀身を飲み込むように見つめ、ポツリポツリと人生を語られていたのですが、なにぶんにも若い時分。そんなお話より「どれだけ切れるものか」程度にしか心が向きませんでした。
時も経ち、今多くの門下生の前に立つ様になり、また合気道以外の窓を覗くようになって、いつの間にか修道先生の無言の教え、即ち、虚飾を断ち切り、自由自在に信じる道を歩むその頃のお姿が、私の現在の生き方に強い影響を与ていたのに最近気が付く様になりました。


合気道開祖植芝盛平翁と丸山修道先生

 日本刀を包み込む拵えでは無く、刀身そのものに「魂を感ずる」修道先生の生き方こそ、現在の私の人生感に大きな影響を与えているのです。
修道先生は地位や名誉、ましてや組織や人間の上下関係など、一刀両断、朗々と自己の人生を歩まれている武道家であり、組織の衣に役職の鈍刀を担いで己の未熟さを包み込む合気道家とは、はるかに遠い世界に存在する武道家のお一人です。
合気道メディアなどには興味も示さず、目立つ事も無く、ただ静かにこの道を求める修道先生ですが、米国での活躍の蔭には、幾つもの「辛かった」過去があった事を私は知っています。特に交通事故の巻き添えで生死をさまよい、武道家としての立ち直りは「奇跡を祈るしかない」とまでの苦境に置かれたときもありました。しかし修道先生はその苦境を乗り越えられ再び道場に立たれました。その頃の心境を修道先生は「リハビリに励んでいた頃、肉体的強さに大きな疑問を持った。やがて"さとり"ともいえる独特の境地に至り、技術、理念両面において大きな変化があった」と語っています。またその頃の修道先生を知る多くの古い門下生からも同様の証言を聞くことが出来ます。
修道先生の講習会でおなじみの「見てください私の細い腕、軽い体重、小さな体」そういって、サイモンとガーファンクルの歌を口ずさみながら屈強の男を倒してしまうこの「極意」に至るまでは大変なご苦労があったのです。多くの参加者はその面白さに声を出して笑うのですが、それは決して創られたジョークではなく、修道先生の此れまでの人生を凝縮されたお姿なのです。

修道先生のお宅に寄宿していた頃です。ベッドルームでウトウトしていますと、リビングルームでキリキリと音がするのです。そういえば毎晩していたのに気がつき、ある日トイレを理由に覗いてみますと、修道先生が正座をして日本刀を静かに振っておられたのです。音はその柄巻きの絹を締め付ける音でした。その合間には1パウンドの小さなダンベルで、呼吸法の稽古をされていたのです。現在の修道先生の身体に不釣合いな強力な握力と呼吸力はこうして鍛えられたのです。
 現在、修道先生の率いる「光気会合気道」は米国を中心に世界各地に支部を持ち、米国各地に於ける講習会、特に東部では常に300人規模の講習会が盛大に開かれています。

最近は古い武道書から引き出した言葉遊びで、TVや雑誌或いは著作で、「武道家」を気取るメデア武道家が多い中で、修道先生の本質に生きられるお姿、苦境の中から人生を勝ち得たお姿は、私の武道人生に大きな灯明として益々輝いていてくれます。

       平成17年1月5日
日本館 館長 本間 学 記

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